J-Cottonとは? わたしたちの和綿

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和綿の歴史

綿花の種は、古くは、8世紀ごろ、崑崙(コンロン)人といわれる人が小舟で漂着して、各地に伝えたとされています。しかし、その種が日本でその後もずっと根付いたとされる確たる史実には至らなかったようです。

再び綿花の種が日本に入ってきたのは、17世紀。交易がさかんだった中国や朝鮮からもたらされ、国内で栽培されるようになりました。そして、かつては高級品とされた綿が、鎖国に入った江戸時代中期の日本で、庶民の生活にまで一気に広がりました。
この時代から受け継がれてきた綿花が、現在、和綿として流通しているものです。

明治時代に入ると目覚しい発展のなか、機械紡績業が確立され経済情勢の変化があり、それに伴って海外から安くて良質な綿花が輸入されるようになりました。また、国内生産の綿花は価格や量産、性質からしても太刀打ちができませんでした。
和綿は、日本各地で固有の織物の文化を生み出しましたが、繊維が短く大量生産の機械紡績や加工に向かなかったことも背景にあったのでしょう。以降の国内での綿花栽培衰退の一要因となりました。

「花嫁わた」三代目社長の吉村武夫氏は、そんな状況を憂い、製綿業や和綿についてまとめあげ、後世に残そうと尽力した人です。当時の「花嫁わた」は、玉わたをつくり、ふとん屋さんに納める製綿業を営んでいました。吉村氏は晩年、和綿の歴史や、昔ながらのわたくりや弓打ちなど日本伝統のみならず世界の製綿業についても精通し、資料や情報、道具収集に暇を惜しまずに各地を訪ね歩き、書物も著しました。

1999年、「おらコットン」をはじめる村井さんと出会った後、病に伏しても、これらを伝える活動は続きました。

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和綿の特徴

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綿は、アオイ科に属する植物。元来、熱帯ないし亜熱帯性の植物ですが、長い時間をかけて和綿のように温暖地域で育つものに馴化してきました。

綿の種は、地温が12―15度になると芽を出します。ですが、村井さんによれば、目安は遅霜が降りない頃、葵の花が咲いたら種を蒔く頃というのが昔からの言い伝えとのこと。同じワタですが、慌てんぼ型、じっくり型、太いの細いのと多様なるワタ、それぞれに地を着けたところからは動きたくないワタは、工夫の育ちを心得ているようです。

茨城県は、ワタ栽培の北限地がありますが、「おらコットン」があるつくば市は茨城県南部であり比較的暖かなところです。葉は霜枯れしても、コットンボールはつくばおろしの空っ風にあたり、遅い時期までたくさんの綿花を弾けさせるそうです。

ところで、綿とは、種の表皮細胞についた細かい繊維が綿の原料となる綿毛のこと。これがあつまってできた子房の部分を、コットンボールとよびます(日本では「桃」とも呼ばれていました)。この繊維の成長が熟すれば、コットンボールがはじけ、中から白い綿毛が顔をのぞかせます。その様子が花のように見えることから、綿花と呼ばれるようになりました。

綿花は、綿実植物学上は、アルボレウム、ヘルバケウム、バルバデンセ、ヒルスツムという4種類にわかれます。なかでも和綿は、古くはインドに発達し中国や日本に伝わったアルボレウムとよばれる種類です。

和綿には、次のような特徴があります。

  • うつむきというか、下向きに実がなる
  • 綿花は比較的小粒で弾力がある
  • 綿毛が短く、太い(短繊維綿)

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和綿は、主に、ふとんわたや中入れ綿、ガーゼや脱脂綿といった衛生用品に使われてきました。また、味わいのある厚手の綿布織物もあります。現在の日本では、紡績に向く繊維の長いもの、つまりバルバデンセ(長繊維綿)やヒルスツム(中繊維綿)は、アメリカや南米、中央アジアなど海外からの輸入に頼り、綿製品を製造しています。

棉の木そのものは、CO2の吸収量、O2の排出量が高いというデータもあり、環境浄化作用に優れた植物と言われています。「おらコットン」では、現在までのところ、虫害はなく、農薬無用とのこと。種は飼料にもなり、また種からは綿実油(※1)というさらっとしていて良質の食用油がとれます。「さらに、その絞りカスは肥料にもなり、種に付着の短い繊維は生地にもなります。あますところなく役に立つ綿花は、まさに環境循環の立役者です」(村井さん)。今後の、国内栽培による生産の高まりにも期待したいところで
す。

(※1)「おらコットン」では、和綿の種を栽培に興味のある人たちに提供し、全国各地で栽培した綿を再回収する仕組みにより、「農薬不使用の和綿だけで綿実油を作ろう」という呼びかけも行っています。CO2排出量の削減にもつながる和綿栽培が、村井さんを中心に、全国各地に少しずつ広がりを見せています。

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和綿の栽培方法

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おらコットンでつくられる綿は、無農薬、自然栽培で育てられたオーガニック・コットン(※2)。その栽培方法を振り返ります。

○5月 種まき

梅雨入り直前を避けて(長雨で根ぐされなどを起こすのを防ぐために)、5月連休明け頃 から、種まきするのがポイントです。
  • 種まきから1週間―10日ほどで発芽。草引きの手入れをします。
  • 芽の出が余りにも遅い箇所は追い蒔きをしましょう。

○6月~7月 草取り&間引き

草が生い茂る時期。根もと周りを動かさないように草取りしながら、土をならしていきます。また、葉と葉が触れるようになったら間引いて、また生長とともに徐々に間引きをして、最終的に30㎝位の間にして成長しやすい環境をつくります。
  • 「小さい間は風に吹かれたりもしますので暫くは近場で隣同士寄り添う関係がいいです。もぐらのトンネルは根が浮いてしまうので踏み固めてくださいな」(村井さん)

○7月~8月 芯摘み&土寄せ

本葉がある程度の高さにまで伸びてきたら、横に枝が伸びていくように芯摘みをします。背丈は、足の付け根~腰あたりになるくらいが適当です(一本立てでクリスマスツリーのように高くする場合は添え木が必要)。そうすることで前後左右に倒れにくくなり、綿実もたくさんできます。
  • 「私の畑は、砂地でさらさらしていますので、根元を覆っている土が崩れます。根元に土寄せをして根っこごと茎が倒れないようにして畝をつくっていきます」(村井さん)

○7・8月~10月 開花

ハイビスカスや芙蓉に似た、中心はえんじ色、花びらは淡い黄色というかレモン色で愛らしく咲きます。ハンドベル型で花びらの先がフリル状態で、下の枝から順々に横~下向きに咲きます。
  • この花の命はわずか一日。その日の夕刻にはフリルの端から薄いピンク~甘淡の赤色に変化して、花は地上に落ちます。受粉できたよ、というお知らせです。
  • その後に残された基部は、コットンボールとよばれる子房になります。

○10月~12月 開果、綿の収穫

繊維が成熟し終わると、コットンボールがはじけ、中から白い綿毛が顔を出します。はじけたら落下しないうちに収穫します。
  • ひとつのコットンボールのなかに、種子は約20〜30個入っています。
  • 収穫した綿花は、種にからまりついている繊維を「わたくり」という作業で種と綿を分離していきます。綿実のうち綿となるのは、全体の約1/3。60キロの綿花を収穫した場合、約20キロが綿、残り40キロが種の計算です。

(※2)オーガニック・コットンとは 3年以上、合成化学物質を3年間使用しない畑で、農薬や化学肥料を使わずに栽培した綿花のこと。害虫管理や天然肥料などにも定められた基準や方法で栽培されなければならない。


***参考文献***
「コットンの世界」(馬場耕一著/財団法人日本綿業振興会)
「もめんのおいたち」(財団法人日本綿業振興会)
「綿の郷愁史」(吉村武夫著/東京書房社)
「ふとん綿の歴史」(吉村武夫著/ふとん綿歴史研究会)
「ワタの絵本」(ひびあきら編、やまだひろゆき絵/農山漁村文化協会)

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